こんにちは!皿(sara)です☺️
今回はウィリアム・ターナー作『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』という絵画を紹介していきます。タイトルにもあるように、この作品は初めて”スピード”を絵画にしたと言われています。
画面中央奥から右手前の方向に迫る蒸気機関車が主役ではありますが、その機関車が画面を占める割合はせいぜい2〜3%といったところでしょうか。空が半分近くを占め、遠方には山が連なり、鉄道の橋の下には川が流れています。左斜め方向に降る雨も描き込まれています。機関車が主役といえどそれをただ画面中央に配置するのではなく、自然風景との対比によって、彼方から向かい来る機関車の黒々とした鋼鉄の存在感をより引き立たせています。
ターナーの代表作でもある『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』はいかにして描かれたか。当時の時代背景や、ターナー最大の強みである〇〇が最大限発揮されている本作の魅力を一緒に学んでいきましょう!
描かれた時代背景
『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』は題名のとおり、イギリスによる第一次産業革命(18世紀後半〜19世紀初頭)による偉大な産物の1つである鉄道を主題としています。産業革命以前には車など存在しませんので、それまでの遠距離移動の手段は徒歩か、せいぜい動物位のもので、海路も風まかせの帆船か人力の船だけでした。様々な便利なアイテムが溢れるこのご時世では到底想像もできませんが、ほんの250年前までは機械なしでの生活が当たり前だったのです。
したがって産業革命以前は、外国などの遠方まで出かけること、それも勉強やレジャーが目的ともなると、そのようなことができるのはほんの一握りの貴族か大成功している商人の身内だけであり、一般大衆にとっては縁もゆかりもない話でした。加えて、それが可能な人々にとってさえ交通機関での移動ではないわけですから、体力的にも安全面的にも酷な旅路であったに違いありません。
しかし産業革命によりそれら問題が一気に解決されることとなります。それまで全て人力でやってきたことが、寝ていても目的地まで乗せていってくれたり、大量の荷物を一気に運んだりできるようになったことで、鉄道の誕生は商業、文化等様々な面において重大な歴史的発展のきっかけとなりました。また、客室のグレードの差こそ存在したものの、一般大衆にとっても長距離移動が身近なものとなった変化はまさに「革命」と呼ぶに相応しいものでした。
鉄道という発明は、当時の人たちにとってそれまで考えもできなかった夢物語が現実味を帯びるような、輝かしい希望でした。そして、そんな時代の渦中を生きた男こそウィリアム・ターナー(1775 – 1851)。生まれは産業革命を担うイギリスでした。彼ほど日進月歩の発展を目の当たりにできた画家はそうそういないかもしれません。
国籍によって絵画の価値が変わるとは申しません。しかし、ターナーは自国による発展を画家としての感性で感じ取っていたはずで、鉄道の登場による「開拓」「未来」「可能性」、そうした思いが『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』に乗せられていると想像すると、感慨深いものを感じます。
『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』はただの鉄道を描いた絵画などでは決してなく、ターナー自身の、そしてその時代に生きた人々の希望を乗せた作品でもあるのです。
また現代に生きる我々は、より早く、より快適で、より自由な生活を営むことができています。『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』をとおして過去の産業革命に思いを馳せると同時に、さらに脅威的な発展を遂げ便利になった世界にいることへの感謝を改めて思う、という楽しみ方も良いのではないかと思います。
ターナーの強み-他作品との比較-
ターナーが他の画家と一線を画していた要素は、「光と大気を描写することに長けていた」ことにあります。それらは物体としてあるわけではなくむしろ感覚として掴むものですから、はっきりとした輪郭はなくぼやけた印象の絵画となったのです。
ターナーの他の作品を少し紹介しますので、『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』だけではない、光や大気の捉え方の特徴を見てみてください。
国会議事堂の火災
引用:The Burning of the Houses of Lords and Commons – Wikipedia
対岸で激しく燃える、ロンドンの国会議事堂での火災を描写した絵画です。炎の色が明るく鮮明で、こちらまで熱気が漂ってくるようです。炎を描く白、黄色、橙、赤のグラデーションによる燃え上がる様子が火災の強さを際立たせています。炎から出た黒煙が立ち上り、大気と一帯となっていくこの様子は、きっとターナー以外には難しい描写です。
絵画としては色鮮やかで、ターナーの力量がふんだんに盛り込まれていますが、部屋に飾るとなるとちょっと不謹慎かもしれませんね。。
解体されるために最後の停泊地に曳かれてゆく戦艦テメレール号
引用:戦艦テメレール号 – Wikipedia
こちらも、大気と光の溶け具合が絶妙な1枚です。役目を終えた戦艦の哀愁、それを牽引する船から響く音、静かな海のさざ波、夕暮れ時の空の移り変わりなどが絵画越しでも伝わってきそうです。間違いなく現実のワンシーンですが、ターナーの手にかかると幻想的な雰囲気になるところが、ターナーの面目躍如に思えます。
余談ですがターナーは、クロード・ロラン(1600〜1682)という画家の絵を見て、「自分にはとても描けない」と言ったそうです。クロード・ロランが描く風景画はとても繊細で、大変な人気がありました。己の弱点は認め長所を伸ばすという、謙虚なるも積極的な姿勢があったからこそ、結果ターナーはクロード・ロランと同様美術史に名を連ねる画家になったのだろうと思います。
さて、ターナーの2枚の絵画をご覧いただきましたが、『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』との違いは炎や太陽という、光を発するものが描写されている点でしょうか。『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』には鮮やかでダイナミックな色使いはなく、どちらかというと全体的に落ち着いて静謐な印象があります。しかし、曇天、降りしきる雨、蒸気など、大気や光の微妙な描写にこそ、ターナーの妙技が感じられる作品となっています。
”印象派”に見えますが、実は…
『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』は画面全体をぼんやりと描いていることから「印象派」のように見えますが、美術史上、この絵の立ち位置は「ロマン主義」とされています。
ロマン主義(18世紀末〜19世紀前半)
引用:井内舞子『教養として知っておきたい名画BEST100』(2021年 永岡書店)
ここでの「ロマン」は「空想的・脅威的」という意味の言葉に由来。権威主義的で理性を重視する新古典主義に対抗して登場し、画家たちは個人の思想や激しい感情、あるいは難破船や嵐など非日常的なものに関心を寄せました。
印象派は19世紀後半に興ったとされますので、ロマン主義は印象派よりも前段階に位置します。印象派の草分けであるクロード・モネが1840生〜1926没、ターナーが1775生〜1851没であることからも、ターナーが存命していた期間に「印象派」という言葉は当てはまりません。
しかし「感じ取った瞬間を描写する」ことは、ターナーも印象派の画家も同じことをしています。ぼやけた描写のターナーの絵はよく「未完成の絵だ」と批判されたそうですが、全く同じ批判が印象派絵画が発表された当初にもありました。
下の絵画は、印象派の由来ともなったモネ作『印象・日の出』という作品です↓
引用:印象・日の出 – Wikipedia
『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』の美術史上の分類こそ印象派ではありません。しかし、旧来の「絵画は正確にデッサンすべし」という常識を打ち破り、瞬間を捉えることを主とした結果、自らを美術史に残る存在にしたのと同時に、後世の才能ある画家に多大な影響を与えることとなりました。
前衛的、挑戦的な態度を表したことも、ターナーという画家および『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』の魅力だと言えます。
最後に一言。『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』は全体的にぼやけていますが、個人的に、機関車の”顔”である「丸の上に煙突がある部分」は、画面の中で唯一くっきりと描かれているように見えます。それだけ”顔”部分は一瞬のうちでもインパクトのある印象を残したのだろうなと考えてみると、ターナーさんの感覚に寄り添ってみたようで少し嬉しく思ったりします。勝手にですが。
おわりに
以上で『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』の紹介を終わります。いかがでしたでしょうか。
もちろん、絵本体の描写を堪能するだけでも十分楽しめる1枚ですが、時代背景や、ターナーの特徴などを知るとより一層深みを増して見ることのできる絵画ではないでしょうか。
本文でも申し上げましたが、炎や太陽などの光の描き方は鮮やかで綺麗というほかありませんが、個人的には『雨、蒸気、スピード-グレートウェスタン鉄道』の全体的な落ち着いた描写の中に注ぎ込まれた微妙な違いをみる、という楽しみ方が好きです。
まだまだターナーを語れるほど勉強しておりませんので、これからもちゃんと継続勉強していきます!
それでは、この辺で。ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!
参考文献:井内舞子『教養として知っておきたい名画BEST100』(2021年 永岡書店)/ 佐藤晃子『名画のすごさが見える西洋絵画の鑑賞辞典』(2020年 永岡書店)/ 池上英洋『西洋美術史入門』(2012年 ちくまプリマー新書)